米国税金の歴史(その3:アメリカ近代税法)

 

南北戦争で初めて導入された所得税。南北戦争終戦後にいったん廃止され、1894年に復興財源として再び導入、そしてその翌年に違憲ということで廃止されますが、その後どういう経緯で復活したのでしょうか。

アメリカ合衆国憲法第1条の要件に抵触するという理由で廃止された所得税は、第1次世界大戦直前の1913年に合衆国加盟州の4分の3以上の同意を得て、第16次憲法修正法案として成立しました。この修正法案により連邦政府は永久的に所得税の徴収が認められ、個人・法人所得に対し税金の算定・課税・徴収権限が与えられました。またこの年に皆さんもご存知の連邦個人所得税申告書 (From 1040) が初めて導入され、$3,000以上の課税所得に対して1%、$500,000を超える課税所得に対しては追加で6%の税率が掛けられていました。申告書が導入された当時の申告期日は3月1日でしたが、5年後に3月15日に変更され、さらに1954年に現在の4月15日に最終変更されました。

所得税の税率は、翌1914年に勃発した第1次世界大戦の影響により戦費調達の主な財源として年々上がり、1918年には77%まで跳ね上がりました。1913年の導入当初総歳入の10%を占めるのみだった所得税は、1920年には総歳入の73%を占める程に膨れ上がり、$5.4 billionにものぼりました。

戦争の影響で上がり続けた税率は、「税金を下げることにより経済活動を活性化できる」と推進した当時の米財務長官であったアンドリュー・メロンの助言のおかげでいったん24%まで引き下げられることになりましたが、世界大恐慌の煽りを受けて再び引き上げられる結果となりました。また第2次世界大戦中の1943年に導入された所得税の源泉徴収により少しでも早くかつ確実に税収を得ることが可能となり、税金徴収の効率が上がりました。その結果納税者総数も60億人に増加し、1945年には税収入も$45 billionに飛躍的に増加しました。

アメリカ合衆国を取り巻く情勢と共に上昇基調にあった税率もその後ニクソン、レーガン、そしてブッシュ内閣の経済政策と共に下方修正され、現在は上限35%まで引き下げられました。税率35%を「高い」と言う方もいれば、「低い」と思われる方もいらっしゃるようですが、個人の経済状況で税率の高い低いを判断するのではなく、国を取り巻く時代や情勢も考慮して、今の税率が適切かどうかを判断するべきではないのでしょうか。

ちなみに連邦所得税とは別に、ほとんどの州で州独自の所得税法があり居住地によっては連邦・州の両方で所得税を申告する必要がある場合があります。ちなみにアラスカ、ワシントン、ワイヨミング、ネバダ、テキサス、テネシー、サウスダコタ、そしてフロリダ州では州レベルでの個人所得税が存在しません。

予断ですが、映画「アンタッチャブル」の題材にもなった悪名高いアル・カポネは、実は殺人罪ではなく脱税で検挙されたという事実を皆さんご存知でしょうか。密造・賭博・殺人などでのし上ったシカゴ暗黒街のドンも不正申告からは逃れられなかったようですね。ちなみにアル・カポネを摘発したのは内国歳入庁 (IRS) ではなく管轄の全く違う財務省 (U.S. Treasury)でした。近年では、2010年初頭に税金問題が発端でIRS事務所が入居しているAustin, Texasの連邦ビルに納税滞納者がセスナで自爆衝突したニュースは記憶に新しいのではないでしょうか。

今回米国税金の歴史を3篇でご紹介しましたが、歴史から見ても税金と戦争(国同士の争い、あるいは納税者と国との争い)は切っても切れない関係にあるようですね。

 

コメントは停止中です。